理不尽な男 ラルフ・ネーダー 後編
民主党と共和党という二つ利権集団が、さほど違わない政策を掲げながら二大政党として君臨し、それ以外の選択肢を有権者から奪うアメリカ。この状況の打開をめざし、第三の道を選択する機会を提供すべく、ラルフ・ネーダーは1996年の大統領選挙に「緑の党」から立候補しました。
ネーダーの立候補は、二大政党の候補者のみにリソースを集中し、それ以外を泡沫扱いして排除するメディアの役割を浮き立たせました。民主党ゴア候補と共和党ブッシュ候補の大接戦となった2000年の選挙では、ネーダー候補は支持者層が重なるゴア陣営から目の敵にされ、第三の候補が立つことは結果的に共和党を利することになると批判されました。ゴアの敗北は、ネーダーに票が流れたせいだとする分析もみられました。
同じことは2004年の選挙でも繰り返され、「打倒ブッシュ」をめざす反戦派や左派のあいだに大きなジレンマをひき起こしました。これまでネーダーを支持してきた人たちも、今度ばかりは「反ブッシュ陣営」を割るべきではないと、彼への支持を拒みました。ネーダーに言わせれば、共和党に対抗すべく同じような企業利益優先の政策を掲げ、ひたすら右になびく民主党に迎合するのではなく、民主党を左に引き戻すことを左派はめざすべきである。「打倒○シハラ」をめざす人たちが、統一候補を立てることができずに共倒れした状況と似たり寄ったりのところもあり、戦術をとるか、理想をとるかは、難しい問題です。
そういうわけで、最近はもっぱら「融通がきかず」「聞き分けのない」困った男と思われがちなネーダーですが、彼の過去のことはアメリカでも若い世代には案外知られていないらしい。この番組は、そういう人たちに向けて、ネーダーという人物が、どのような信念をもち、60年代以降、アメリカの消費者運動を率いて、この国の市民運動の隆盛にどんなに大きく貢献してきたかを教えてくれます。
1934年レバノン系の移民の子としてコネティカットに生まれたネーダーは、弁護士として教育を受け、60年代から70年代にかけてアメリカの消費者運動の旗手として名をはせました。1985年に発表した「Unsafe at Any Speed」でゼネラルモーターズの欠陥車を告発し、自動車業界に製造物責任を負わせる安全規制立法を成立させて、一躍有名になりました。 以後、数多くの消費者保護立法を成立させ、Occupational Safety and Health Administration (OSHA)や Environment Protection Agency (EPA), Consumer Product Safety Administrationなど政府規制機関の設置を促しました。また、消費者運動の組織化にもつとめ、60年代後半に「ネーダー突撃隊」とよばれる企業告発グループをいくつもつくりました。
このような彼の活動をまとめた映画「理不尽な男」が、2007年2月にアメリカで公開されました。その公開にあわせて、ネーダー本人と監督をインタビューしたのが、この番組です。(中野)
★ DVD 2007年度 第1巻 「2007年4-5月」に収録
* ラルフ・ネーダー(Ralph Nader) 二大政党制を批判し、第三の政党の確立をめざす、市民運動を基盤とする政治家。長年消費者運動にかかわり、公益調査団 (PIRG)をはじめ多数の団体を成立させた。最近、他の著作とは毛色の違う自伝的な作品『17の伝統』を出している。
* ヘンリエッタ・マンテル(Henriette Mantel) ドキュメンタリー映画『理不尽な男』(An Unreasonable Man)の監督・プロデューサー。自らも俳優として演じるコメディ作家です。
字幕翻訳:古山葉子/校正全体監修:中野真紀子