ボリス・エリツィンの遺産、デイヴィッド・ハルバースタムの遺産 二つの訃報に寄せて

2007/4/24(Tue)
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 2007年4月23日、前ロシア大統領ボリス・エリツィンが76歳で亡くなりました。彼はゴルバチョフの後継者として、1991年ソビエト崩壊後のロシアで初めての民主的な選挙で選ばれた初代大統領に就任しました。民主化のリーダーとして、当時西側のマスコミは彼を大いに持ち上げたものです。その後エリツィンの統治の下で、ロシアは共産主義体制から民主主義市場経済への転換を、大混乱の中で遂行しました。ブッシュ大統領やブレア首相ら西側の首脳たちから寄せられた弔辞は、「自由の基礎を築いた」「民主化と経済改革を大胆に進めた」とエリツィンの功績を賞賛していますが、はたしてどのような功績だったのか。

 ヴァンデンフーヴェルによれば、彼はロシアの民主化というゴルバチョフが開いたチャンスを、潰してしまった人物です。彼は民主的な手続きを経ずにソビエト連邦の解体を断行し、この国を何年も続く政治や経済の混乱に陥れたと批判されています。チェチェンの独立運動を軍事弾圧して、多大な犠牲者を出したことも忘れてはなりません。自国民の民間人の犠牲者数はスターリン以降の指導者で最大とも言われます。とりわけ重要なのは、自分を大統領に選んでくれたのと引き換えに、少数の特権的な新興財閥(オリガルヒ)に国家の財産を投げ売りしたことです。未曾有の不況にあえぐ国民を尻目に、新興財閥が巨万の富を築き、繁栄を謳歌する体制をつくりあげたのです。

 彼の新体制は汚職と道徳的な無定見では旧体制に引けをとらず、ロシア人にとって民主主義とは貧困と混乱と不安を意味するものになってしまいました。プーチンが象徴する「強いロシア」とは、このように略奪分配されてしまった国の資源をもう一度国家の手に取り戻し、国民にまがりなりにも安定感を与えてくれる指導者です。これはエリツィンへのアンチテーゼであり、プーチンはエリツィンの政治手法の必然の帰結なのだ、とヴァンデンフーヴェルは指摘します。

 エリツィン時代に行なわれた国家財産の払い下げは、後に軍事占領下のイラクで大胆かつ露骨に断行された国営事業の外国資本への払い下げにつながるものがあります。ナオミ・クラインなどが警告する国家機能そのものの「民営化」です。怖いのは、これと同じ現象が、程度の差はあれアメリカ国内でも進行しており、日本もまた同様の方向に進みつつあることです。「民主主義」から想起されるものも、同じようにネガティブなものになっているのでしょうか。
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 この日入ってきたもう一つの訃報は、作家デイヴィッド・ハルバースタムの交通事故による不慮の死でした。ベトナム戦争関連の報道で若くしてピューリッツァー賞を受賞し、その後『ベスト&ブライテスト』をはじめとする傑作を多数世に出しました。番組の後半では、ハルバースタムがアメリカのジャーナリズム界に遺したものについて、ヴァンデンフーヴェルに聞きます。(文責:中野真紀子)

* カテリナ・ヴァンデンフーヴェル Katrina vanden Heuvel 『ネイション』誌の編集者、発行人。米ロ関係について詳しい。

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字幕翻訳: 川上奈緒子 中野真紀子
全体監修 中野真紀子