債務上限論争の勝ち組は金融市場と国防総省

2011/8/2(Tue)
Video No.: 
1
23.5分

2011年夏、米国政府はあわやデフォルト(債務不履行)に陥る寸前に追い込まれました。「米国債のデフォルト危機」と日本でも一時あおられましたが、これはまったくの政治的な駆け引きの問題でした。そもそも債務上限の引き上げは1963年以降、毎年のようにほぼ定期的に引き上げられてきたものであり、いまさら政治問題にするようなものではなかったのです。でも終わってみれば、軍事予算だけが上積みされるペンタゴンの全面勝利だったようです。では敗者は誰だったのか、いったい、どうしてこんなことに?金融アナリスト出身の辛口経済批評家で『超帝国主義国家アメリカ』の著者マイケル・ハドソン教授と軍事経済専門家で『ブッシュの戦争株式会社』の著者ウィリアム・ハートゥング氏に聞きます。

連邦政府の債務上限引き上げをめぐって数カ月も議会でこう着状態が続いていましたが、デフォルトに陥る数時間前になって、ようやく法案が可決されました。そこには富裕層への新課税も追加の景気対策も含まれていませんが、政府の債務上限枠を引き上げる条件として、10年間で2兆1000億ドル強の歳出削減が盛り込まれています。政府の歳出削減は景気を冷やします。マイケル・ハドソンは、「国の経済から政府が金を吸い上げるデフレ政策だ」と酷評します。経済に金を供給し、購買力を高めることこそが政府の役割であり、そのために財政赤字になるのは普通のことなのに、財政赤字を敵視する馬鹿げた経済思想がはびこっているために経済成長が阻まれているといいます。

そんな中で軍事予算は、国防総省10年計画を4000臆ドル削減するというオバマが提案していた案が、いつのまにか3500臆ドルの削減へと後退させられました。しかも、ここには軍人恩給や他省庁の予算にしわ寄せできるものが含まれています。国防関連族議員の暗躍だとハートゥングは指摘し、「軍産複合体の脅威」を警告して退任したアイゼンハワー大統領よりもオバマの軍事支出は2倍も多いと嘆きます。

皮肉なことに、政府債務上限が設けられた由来は軍事費の暴走を防ぐためでした。米国が第一次大戦に参戦した際に、ウィルソン大統領が暴走するのを防ぐために設けられたものです。そもそも欧米議会の予算承認権そのものが、野心に燃えた国王や大統領が無謀な戦争のために借金で戦費を調達するのを防ぐためのものです。近代において国家財政が破綻するような膨大な赤字の原因は戦争ぐらいのものなのです。ところが今では「戦争」の定義が変わってしまい、最近のリビア爆撃のように他国を攻撃しても国連安保理のお墨付きがあれば「人道介入」だったり「平和維持活動」とみなされたりして、議会に承認を仰ぐ義務もない。米国の財政を圧迫しているのは明らかに戦費なのに、そこに手がつけられず、経済政策や社会投資や福祉や環境対策が犠牲になり国力が衰退していく。米国の病は深刻です。(中野真紀子)

*ウィリアム・ハートゥング(William Hartung) ニューアメリカ財団の上級研究員で、国際政策センター(CIP)の兵器安全保障イニシアティブを主宰する軍事経済専門家。 Prophets of War: Lockheed Martin and the Making of the Military-Industrial Complex. (『戦争の預言者 ロッキード・マーティンと軍産複合体の形成』)の著者。翻訳書に『ブッシュの戦争株式会社』がある。
*マイケル・ハドソン(Michael Hudson) ミズーリ大学カンザスシティ校の経済学教授で、長期経済トレンド研究所の所長。 『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism: The Economic Strategy of American Empire )の著者。

Credits: 

字幕翻訳:関房江/全体監修:中野真紀子/サイト作成:丸山紀一朗