ソ連崩壊から20年 共産党が大躍進 ~ロシアの民主化とショックドクトリン
2014年7月17日ウクライナ東部でマレーシア旅客機が撃墜された事件で、米国は再びプーチン大統領への非難を強めています。嫌がるEUに無理やり押しつけた対ロシア経済制裁も、この事件をきっかけに強化される模様で、これまでの笛吹けど人踊らず状態から脱却するチャンスと国務省はみているのかもしれません。事件の調査もなされぬうちから、オバマもケリーもロシアが黒幕と決め付けていますが、そんなに急ぐのは危機感の裏返し。ロシアと中国のエネルギー協定締結に続いて7月15日には両国が中心となった新開発銀行「BRICS銀行」の設立が宣言され、世銀・IMFを基盤としたドルの基軸通貨としての地位は本格的に揺らぎ始めています。ドルを防衛するてっとり早い手段は、もちろん戦争です。旅客機撃墜の犯人はまだ判りませんが、大はしゃぎしているのは米国です。
プーチンは米国にとって本当に手ごわい相手ですが、これまでの経緯をみてくると、プーチンは必ずしも欧米に敵対的ではなかったのに、米国の愚かな行動が追い詰めたことが見えてきます。今回はさらに遡って、プーチン登場の背景となるソ連後のロシアと米国の関係を確認してみましょう。ソ連が消滅した後の無秩序で略奪的な自由主義経済への移行についてはナオミ・クラインの『ショックドクトリン』でも詳しく述べられていますが、ここではロシア問題の大家スティーブン・コーエン教授に聞きます。少し前のインタビューですが、現在の米ロ対立がどのようにして起きてきたのかを理解するには欠かせません。
世界中で大衆抗議が吹き荒れた2011年の締めくくりはロシアの大規模デモでした。年末の下院選挙でプーチン首相(当時)の統一ロシア党が過半数を確保したものの、不正選挙の告発が続き、既成政治に反対する街頭デモへと発展しました。ソ連崩壊から20年目のロシアでも民主化と自由を求める声が高まっている表れなのでしょうか?しかし街頭の声だけに注目していては、本当の変化を見誤るとコーエン教授は警告します。じつは今回の選挙で大きく伸びたのは旧共産党で、これがロシアの真の野党なのです。ロシアの中流層の間には、自由化よりも、旧ソ連時代への郷愁が強まっているようです。
この事態を見えにくくしているのが、「ロシアの民主化はソ連崩壊後にエリツィン大統領の下に始まった」とする欧米メディアの偏った見方です。コーエン教授によれば、ロシアの民主化はゴルバチョフ書記長の下でソ連時代に実現したのであって、その後に議会を戦車で攻撃して政権についたエリツィンは、ゴルバチョフ時代の民主化を逆戻りさせた人物です。エリツィンはきわめて非民主的な方法で、強引に民営化と市場経済の導入を進めました。ソ連の崩壊に国民が茫然自失となっている隙に、国家資産が次々と法外な安値で払い下げられるという、まさにショックドクトリンの実践でした。
このとき政権に癒着して国家資産を着服してのし上がった新興財閥を、ロシア国民は許していません。自由選挙にすれば必ず強奪した財産を返却しろと言うでしょう。それゆえ彼らは自由選挙を恐れ、民主化を阻む勢力となっています。おまけに「民主化」という言葉そのものにも、ロシアではダーティーなイメージが染み付いています。1990年代の国家略奪と不正を連想させるのです。そういうわけで、街頭で派手に声を上げている人々の影で、多くの中間層は共産党を支持するのです。
エリツィンの反動体制を受け継いだプーチンは、徐々にですが自由を容認する兆しを見せているようです。派手な抗議行動が起きていること自体が、ある意味で容認を示しているのかもしれません。翌年の大統領選挙でプーチンは大統領に復帰しましたが、その際にも不正を訴え、民主化を要求するデモが起きました。でも米国の政治家が、ここぞとばかりにロシアの「民主化を支援」なんておせっかいをするのは、百害あって一利なしです。自分たちの行動が、ロシア人の目にはどう映るのか、米国人はもう少し考えるべきだとコーエン教授は言います。米国の独りよがりな対応が、冷戦の再開といわれる事態の遠因を作っています。(中野真紀子)
☆ このセグメントは、DVD第28巻『新たな冷戦?』に収録しました。
*スティーブン・コーエン(Stephen Cohen) ニューヨーク大学とプリンストン大学名誉教授。専門はロシア研究と政治学。近著は Soviet Fates and Lost Alternatives: From Stalinism to the New Cold War(『ソ連の運命と逸した選択肢:スターリニズムから新たな冷戦まで』)
字幕翻訳:中野真紀子