「資本主義と気候の対決」ナオミ・クライン
ベストセラー『ショックドクトリン』から7年、ナオミ・クラインの待望の新著は気候変動の問題を支配イデオロギーの側面からとらえます。地球温暖化の真偽をめぐる論争は、純粋に科学的な関心に基づくものと思ってはいけません。少なくとも米国においては、懐疑派は共和党、肯定派は民主党と、支持政党によってきれいに分かれており、その本質はきわめて政治的かつ思想的な対立です。
1988年に米国連邦議会で、NASA(航空宇宙局)の科学者ジェイムズ・ハンセンが、人間の活動による炭素の排出が地球温暖化に関連していると証言して以来、気候対策は人類全体にとっての急務であるとの認識が広まりました。1990年には、世界的なレベルで対策を協議する政府間交渉も始まりました。しかし、それから四半世紀が経った今、世界のCO2排出量は6割も増えています。しかもタールサンドやシェールガスの採掘が本格化したことによって、温暖化の危険はむしろ倍加しています。この失敗の原因はつまるところ、遠い将来の危険に対処するため現在を犠牲にすることができない「人間の本性」にあるのでしょうか?いやいや、問題は現代の政治経済システムにあるのだ、とクラインは言います。
科学者の示す数字に従って炭素排出量を制限するためには、政府が大胆に経済に介入し、規制することが必要になります。でもそれは、「政府の介入はすべて悪であり、あらゆる規制は撤廃すべきだ」と説く新自由主義の根本教義と、真っ向から対立します。もしも、地球温暖化が人類を脅かしており大規模な対策が不可欠だと認めてしまえば、新自由主義のイデオロギーはそれで終わりです。だから彼らは全力で温暖化の事実を否定しなければならない。大金をつぎ込んで政治と言論空間を買い占め、ケイトー研究所、ヘリテージ財団など名だたる右翼シンクタンクを使って専門科学者の研究に難癖をつけ、温暖化に対する懐疑論をふりまきます。
これに対しリベラル左派は認識が甘く、環境活動家たちは既存システムを尊重した穏やかな対策が可能であるとして、「痛みを伴わない転換」をせっせと売り込みます。汚染企業に責任を取らせるのではなく一緒に解決策を考えようなんて姿勢ですから、簡単に手玉に取られてしまい、結果的に解決を遠ざけるような有害な制度に加担させられます。カーボン・オフセット(排出権取引)の片棒を担ぐ大型環境団体が、その好例です。こんなことでは、とても右派には勝てません。
でもクラインの主張は、この危機はチャンスでもあるということです。ここまで対策をなおざりにしてきた結果、今ではもう「痛みを伴わない転換」など不可能になりました。人類が生き残るためには、現在のシステムを根本的に変える以外に道はありません。国家が強力に介入して、化石燃料中心の経済から脱却し、分散型の再生可能エネルギーに基づく経済に移行することが必要です。公共部門に思い切って投資して良質な雇用を創出し、医療や教育や学問に投資するのです。
また、気候問題と闘うためには、国内の経済格差の是正とばかりでなく、国と国のあいだの南北格差も是正し、グローバル経済を作り変えなければいけません。それは同時に、この30年以上も世界に君臨している市場原理主義のイデオロギーに引導を渡すことにもなります。すでに既存システムは破綻しており、新自由主義には世界中で怨嗟の声が上がっていますが、それを結集させる旗印が「待ったなしの気候問題」であり、下からの大衆運動による変革を進めるチャンスとなるのです。
先週の6月18日には、フランシスコ教皇が環境的回心を説く待望の回勅「ラウダート・シ」httpを発表しました。これについては先に動画で紹介しましたが、クラインの主張と根っこのところでつながっているようです。これから12月のパリ気候変動会議に向けて、世界各地で行動が盛り上がることでしょう。(中野真紀子)
☆待望の翻訳書が出版されました: 『これが、すべてを変える 資本主義vs気候変動』(岩波書店) 上下巻で700ページを超える大作ですが、こんなに早く出たのは翻訳者さんのおかげです。ハリケーンや台風で未曾有の被害が出ることが常態化した今、この本の重要性もひしひしと感じ取れるようになってきました。
*ナオミ・クライン(Naomi Klein) カナダ人ジャーナリスト。『ブランドなんかいらない』、『ショックドクトリン 惨事便乗型資本主義』はベストセラーになった。新著は、This Changes Everything: Capitalism vs. the Climate(『これがすべてを変える 資本主義と気候の対決』)。
字幕翻訳:桜井まり子 / 校正:中野真紀子