「民主主義への渇き」 緊縮行政が引き起こしたミシガン州フリント市の深刻な水道汚染を現地取材
米国より、先進国での出来事とは信じがたい水道水汚染の報告です。2014年4月、フリント市に供給される水道水の水源がフリント川に変更されました。フリント市は、かつては自動車関連の製造業で栄えた労働者の街でしたが、19世紀後半にその産業は衰退、市は多額の負債を抱えるに至り、2002年以降、市の財政はミシガン州の知事が独自に任命した非常事態管理者の管理下におかれていました。今回の水源の変更は、市の財政を立て直す一環として非常事態管理者が決定した、より安く水道水を提供する水道会社への切り替えを行うための一時的な措置でした。ところが、水源の変更直後から住民が水道水の質の著しい悪化を訴え始めます。最初に問題となったのは、細菌による汚染でした。この対策として、市は殺菌剤である塩素を投入しましたが、発がん性物質であるトリハロメタンの生成も同時に招く結果となりました。2015年11月までに、汚染された水道水が原因とみられるレジオネラの感染者は87名、そのうち10名が死亡しています。細菌汚染への対応を行う中で、新たな問題も明らかになりました。フリント川の水は、それまで使用していた水源の水に比べ腐食性が高く、水道管に含まれる鉛やその他重金属が溶け込みやすい状態でした。その結果、水道水から基準値を大幅に上回る鉛が検出され、住民の健康被害も数多く報告されています。鉛に暴露された結果起こる症状は、貧血、倦怠感や身体の痛み、消化器や神経系への異常など多岐に渡りますが、特に恐ろしいのは、成長過程にある子供への影響です。鉛は、脳や神経の発達に悪影響を及ぼし、治ることのない障害をもたらします。
このように被害が次々と確認されていたにも関わらず、州政府は(今回の取材が行われた時点までの)1年半もの間、問題を放置し続けてきました。なぜこのような事態に陥ったのでしょうか?誰に責任があるのでしょうか?また、この危機に住民はどのように立ち向かったのでしょうか?
現地の取材を通して見えてきたのは、行政側の独裁的とも批判される非常に不透明な水源の変更の意思決定過程、そして危機発覚後の対応の杜撰さと無責任体質でした。これと非常に対照的であったのが、汚染水による健康被害や生活上の不都合に直面しながらも、隣人と手を取り合って本来あるべき民主主義を取り戻し、危機を打開しようと取り組む住民たちの姿でした。
住民たちは複数のNPO団体や地域団体を組織し、安全な水道システムが復旧するまで当面の日々の生活を成り立たせるために、必要な情報の共有や物資の調達・分配を行っています。支援の輪から漏れる住民がいないよう、ボランティアが戸別訪問も行います。同時に、今回の危機をもたらした州知事や行政関係者に対して、危機を終息させるための一刻も早い対策と賠償も求めています。水道システムの復旧はもちろん、各家庭の水道管や本管の交換、住居家電の修繕、健康被害者への手当て、水道システムが復旧するまで安全な水を入手するためにかかった費用など、対応が必要な分野は多岐に渡ります。それにも関わらず、州政府がこれまでに約束した対策費用は必用な金額の極一部でしかありません。今回の危機に関して一番責任を負うべきはずの州知事はまた州知事であり続けています。
インタビューしたある住民によると、自治体の政府が財政難を理由に住民の暮らしの基礎であるライフラインに当てる予算を削減しようとする動きは、ミシガン州やフリント市に限った話ではないと言います。貧しい地域に住む人々には、生活していくための最低限の社会基盤すら保証されない – 果たしてこれが民主主義国家アメリカのあるべき姿なのでしょうか?フリント市で起きた水道危機は私たちに問いかけます。(千野菜保子)
現地取材
字幕翻訳:デモクラシー防衛同盟
千野菜保子・仲山さくら・水谷香恵・山下仁美・山田奈津美・山根明子
/全体監修:中野真紀子