パナマ文書公開で大躍進のアイスランド海賊党 次期政権を担う可能性も
10月29日に予定されるアイスランド総選挙で、第一党も夢ではない海賊党の躍進に注目が集まっています。
今年4月、史上最大のリークともいわれるパナマ文書が公開され、世界各国の要人がタックスヘイブン(租税回避地)を利用していた事実が明らかにされました。この直後、アイスランドでは首相が辞任に追い込まれる事態となりました。当時の首相、シグムンドゥル・グンラウグソンは、タックスへイブンに妻との共同名義で会社を所有し、この会社を通して巨額の投資を行っていましたが、その投資先にはアイスランドの大手銀行3行、いずれも2008年に発生した金融危機により破綻した銀行が含まれていました。こうした資産について、首相は国会議員に当選した際に申告しておらず、破綻した銀行の債権者でありながら、政府側としてその破綻処理の交渉にあたっていたという利益相反行為を疑われています。国民の怒りは大爆発、報道の翌日から首都レイキャビクでは首相の退陣を求める抗議デモが行われました。アイスランドの人口は約33万人ですが、デモには2万人を超える人々が参加し、アイスランド史上かつてないスケールに発展しました。グンロイグソンは当初、違法なことはしていないと釈明していましたが、こうした国民の反応に退陣を余儀なくされました。
その一方で、パナマ文書の公開後に支持を急拡大したのが海賊党(Pirate Party)です。pirateとは、日本語にも海賊版という表現がある通り、著作権者に無断で著作物の複製・利用等を行う不法者を指す言葉です。しかし現行の著作権法がインターネット社会の現実にそぐわないとして、法の改正を訴える人たちが、その呼称を逆手にとって自らをpirateと名乗り、政党を組織して活動するようになりました。2006年にスウェーデンで最初の海賊党が誕生して以来、主にヨーロッパ各国に結成されています。その主張は著作権法関連を超えて、直接民主主義、政府の透明性拡大、プライバシー保護といった政策を掲げるようになっています。アイスランド海賊党は2012年に結成され、結成翌年の国政選挙で3議席を獲得しました。その後、支持を伸ばしてきましたが、今回のパナマ文書の公開を受け、世論調査による支持率が43%にまで達しました。ゲストのビルギッタ・ヨンスドッティルは、海賊党の結成メンバーで党の代表を務めています。急速な支持拡大の背景にあるものは何か、ビルギッタは海賊党の目指すものを、従来の政治や社会のあり方と対比して語ります。
「我々は例えるならロビン・フッドだ」とビルギッタは言います。権力者から権力を奪い、市民の手に取り返すのだと。そもそも民主主義とは人民に主権があるという思想です。権力を行使する主役は市民です。しかし実際には、代議制という間接的なシステムにおいては有権者の声はうまく反映されず、そのことが政治への不信・不満や無関心につながっています。海賊党は有権者が政策づくりに直接参加できるオンラインのプラットフォームを作りました。デジタル環境を最大限活用する点が党の特徴です。
情報の開示も海賊党の重視するところです。民主主義を支える根幹は有権者一人一人の意思決定にあり、その意思決定には知るべき情報を知ることが不可欠だからです。パナマ文書が世に出なければ、アイスランド国民は首相のオフショア資産について知り得ませんでした。首相が破綻した銀行の債権者であったという事実を知っていたなら、彼が破綻処理に関わることを国民は許したでしょうか?しかし不都合な情報ほどしばしば隠蔽されてしまうものです。政府は権力を行使して情報を機密扱いにすることができます。市民の知るべき情報を提供する、特に不正に関する情報を暴くという点で調査報道や内部告発には重要な意義があります。
ビルギッタ自身、内部告発に深く関与してきました。2010年にウィキリークスが公開した米軍ヘリによるイラク民間人銃撃映像の編集作業はアイスランド国内で行われましたが、当時すでに議員だったビルギッタはリスクを覚悟でこれに協力しました。しかし映像をウィキリークスに提供した米国陸軍兵士チェルシー・マニング(旧名ブラッドリー・マニング)は、35年の実刑判決を受け服役中です。市民が知るべき情報を市民に取り返した行為で彼が罪に問われ、自由を奪われている現状をビルギッタは問題視します。ビルギッタは議員として、アイスランドを報道の自由を阻む様々な障害を回避できるジャーナリズムの「ヘイブン」とするべく、法の整備に取り組んでいます。
首相のスキャンダルをめぐって、アイスランド国民が示した怒りは、一人の政治家に対してというより、従来の権力のあり方への批判と反発が込められているようです。そして海賊党への支持はそういった現状を根本的に変える「変革」が望まれていることを示しています。変革への支持は世界的な広がりを見せています。アメリカでは民主党大統領候補戦を戦ったバーニー・サンダース上院議員が変革を訴えて多くの支持を集めました。スペインでは反体制主義を掲げる左翼政党ポデモスが躍進しています。この9月に行われた調査では、海賊党とその対抗勢力とされる保守派の独立党の支持率はともに22.7%で拮抗しているとの結果が出ていてます。もしかすると21世紀型民主社会への「変革」をリードしていくのは、この北欧の小国なのかもしれません。海賊党が第一党の座を勝ち取るのか、10月29日に控えている総選挙の行方に多いに注目です。(水谷香恵)
☆ゲストのビルギッタさんは、何度かデモクラシー・ナウ!に出演しています。ウィキリークスへの協力や先端的な情報公開推進法制発議「現代メディア国際イニシアティブ」(IMMI) については、字幕つきのDVD限定版があります→「アイスランドは情報天国を目指す」(DVD第17巻収録)
*ビルギッタ・ヨンスドッティル(Birgitta Jonsdottir):アイスランド国会議員、海賊党の代表。元ウィキリークス協力者で、米軍ヘリによるイラク民間人銃撃ビデオの公開に尽力。2011年、Twitter社からの連絡で米捜査当局が彼女のアカウントの情報を請求したことを知り、この捜査に関する情報の開示を求めるとともに、2013年クリス・ヘッジスら著名人グループの米国政府を相手取った国防権限法に異を唱える訴訟に参加した。
字幕翻訳:デモクラシー防衛同盟
千野菜保子・仲山さくら・水谷香恵・山下仁美・山田奈津美・山根明子
/全体監修:中野真紀子