アルンダティ・ロイ 「9は11ではない(そして11月は9月ではない)」
2008年11月26日に発生したインド、ムンバイ(旧名ボンベイ)の市中心部で発生した同時多発テロ事件では、200人近い犠牲者を出し、三夜にわたる籠城が世界の注目を集めました。
インド当局は、実行犯がイスラム原理主義団体であるラシュカレトイバの構成員であり、パキスタンからの越境者だとの見方を公表し、最近改善傾向にあったインドとパキスタンの関係は一気に悪化しました。こうした背景に加え、多くの外国人が殺害されたこともあって、この事件を「インドの9.11事件」だとする見方がインドを中心にひろがっています。
ゲストの作家アルンダティ・ロイは、こうした言説がインドとパキスタンの歴史を否定し、事態の本質から目を逸すものだと強く批判しています。ロイは、インドでは特に多数派のヒンズー教徒とイスラム教徒の間の対立を起因とした双方の大量虐殺事件がしばしば起きており、今回の事件もその流れの中のひとつの事件に過ぎないことを確認します。
この問題の根底には、1947年、宗教に基いてインドとパキスタンの二つの国家が分離独立し、宗主国の英国によって恣意的に国境線が引かれ、カシミール地方が両国の間で分割されたと云う歴史があり、また自らの利益と権力のために宗教対立を利用するエリートたちの目論見があるとロイは論じています。混迷を極めるアフガニスタン情勢は、既にパキスタンを根底から揺さぶっており、混乱はインドにも波及しつつあります。延々と続くイスラム教徒迫害の伝統を覆し、正義が行われると云う希望を取り戻す方法はあるのでしょうか。(斉木)
アルンダティ・ロイ(Arundhati Roy)インドの作家、活動家。 1961年、インド東部のメーガラヤ州に生れる。1996年発表の半自伝的小説『小さきものたちの神』(原題The God of Small Things邦訳DHC刊)により、翌年のブッカー賞を史上最年少で受賞し注目を集める。インドのおける宗教的不寛容の風土や、カースト制度を始めとする封建的な社会制度を鋭く批判し、ナルマダ川のダム建設反対運動で逮捕されるなど、活発な政治活動で知られる。
主な邦訳
『誇りと抵抗―権力政治を葬る道のり』 (集英社新書) 『帝国を壊すために―戦争と正義をめぐるエッセイ』 (岩波新書) 『私の愛したインド』(築地書館) 『小さきものたちの神』(DHC)
番組で取り上げられた記事「9は11ではない(そして11月は9月ではない」の全文はここ(英文のみ)
字幕翻訳:大竹秀子/ 校正:斉木裕明
全体監修:中野真紀子・高田絵里