オバマ大統領がインドに売りにいったもの
2010/11/8(Mon)
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1
26分
2010年11月、オバマ米大統領は3日間をかけてインド訪問。目的は、「セールス」。折しも中間選挙で民主党が歴史的な大敗を期した直後。次期大統領選での勝利をあやぶむ声も聞こえるなか、経済成長著しいインドに対して米製品の輸出契約をどっさり結び、米国内の雇用を大規模に創出する。オバマは起死回生のそんなシナリオをぜひとも実現したかったに違いない。10日間にわたるオバマのアジア4カ国歴訪の皮切りとなったインド訪問には、ゼネラル・エレクトリックやボーイングなど米企業幹部が250人ばかりも同行し、米業界のインドへの熱い期待を裏付けた。米印「民主主義国」同士で連携し、もうひとつの新興大国中国の脅威を牽制する、そんな計算ももちろんあり、オバマは両国の「共通の利害と価値観」を強調し、最大限の愛想をふりまいた。
だが、インドでオバマを迎えたのは、歓迎の声ばかりではなかった。左派政党や、1984年のボパールでの大事故の生存者、米国の農業助成が部分的に原因となって自殺した綿農家の家族らが抗議の声をあげたのだ。インドの成長を支えるといいながら、オバマが進めようとしているのは米国経済、特に大規模なアグリ企業や軍事産業、エネルギー産業、特権階級をうるおす産業の利権にフォーカスし、インドの小農や庶民をしめつけ、大規模な武器取引でインドと隣国パキスタンとの緊張を高め、アフガニスタン問題をこじらせ、経済利益を優先し市民の安全を脅かす無責任な外国企業の侵入を助長することではないのか。長い目でみて米印両国にとって有害な動きが開かれていこうとしているのではないか。トリニティカレッジの南アジア史教授、ヴィジャイ・プラシャドは、民衆の目線からそんな問いを投げかける。
セグメントの後半では、インドを訪問したオバマを抗議で迎えたボパール事故被害者グループを代表し、活動家で被害者の治療にもあたっているサチナス・サランギが1984年に起きたボパールの大惨事を物語る。その年、米国のユニオン・カーバイド社は、ずさんな工場管理で大量の有毒ガスを発生させ付近住民から万単位の死亡者を出した。事故発生後の現場の対応の悪さのおかげで被害はふくらみ、いまだに大勢が後遺症に苦しんでいる。それにも関わらず、主犯である同社ユニオン・カーバイド社最高経営責任者は、逃げ回り、米政府はインド政府の犯人引き渡し請求を無視して頬被りを決め込んでいる。ユニオン・カーバイド社はその後、世界最大手のダウケミカル社の子会社になったが、有毒物で汚染された付近の清掃作業はほったらかしにされたままだ。賠償責任を負わないような外国企業は進出させるな、というインド議会の主張の懐柔をはかるオバマに対し、米国企業が犯した罪の倫理的責任を問うのが、ボパール被害者たちの抗議の目的だった。
成長支援という美名のもとインドへの市場拡大をのどから手が出るほどほしいのは、日本も同じだ。だが、誰が潤い、誰が犠牲にされるのか?米国のシナリオがはらむ「害毒」を反面教師として日本は、もっと良いシナリオを描けるだろうか?(大竹)
★ DVD 2011年度 第1巻
「巨大市場インド」に収録*ヴィジャイ・プラシャド(Vijay Prashad):トリニティ・カレッジの南アジア史教授。The Darker Nations: A People's History of the Third World (『暗黒国家:第三世界の民衆史』)ほか、著書多数。
*サチナス・サランギ(Satinath Sarangi):ボパールのユニオン・カーバイド社による有毒ガスもれ事故被害者のための「ポパール情報と活動団体」共同創設者で、被害者無料診療所理事
Credits:
字幕翻訳:大竹秀子 全体監修:中野真紀子・桜井まり子